第10回神経心理特別診
当科の神経心理特別診も、節目となる10回目を迎えました。今回も2人の患者さんを評価しました。最初の症例は以前(第三回特別診 https://teikyo-neurol.com/ikyoku/927/)で拝見した患者さんのフォローアップです。漢字の読みに苦労されていますが、お仕事を継続されており、進行の程度の評価も含めて、SALAを中心に評価を行いました。ご自分で購入された漢字ドリルを持参くださったので、普段の取り組みをうかがいながらフィードバックを行いました。SALAの二字熟語が非語か実在語かを判断する課題で、抽象的な単語の組み合わせで誤りが目立ちました。また、ハノイの塔課題にも取り組んでいただきましたが、予想外に難しかったようで、ルールを理解されていても、施行中に二つのピースを一緒に動かしたり、塔のないところに移動したりするエラーが見られました。抽象的な概念を理解はできるものの把持するのが印象でした。
二人目は、左側頭葉から島回にかけての膠芽腫の患者さんで、「TMTでpart Bはできるのにpart Aができないのはなぜ?」というOTさんの質問があり、拝見することになりました。この日はpart Aもpart Bもスムーズに行うことができましたが、ペン先を離さないようにという指示が守れない傾向がありました。次にハノイの塔課題を行いましたが、この方もルールが守れず、遂行が困難でした。ご本人いわく、「一度に1つしか動かしてはいけないのはわかっているのだけど、つい面倒で動かしてしまう」とのこと。ハノイの塔は一般に遂行機能障害に特異的な課題と考えられています。今回の2症例でハノイの塔の施行がともに難しかったのが、共通して左側頭葉極の病巣があることが関係するのか、遂行機能障害によるものかはもう少し詳しく評価する必要がありそうです。
今回の抄読会は国際医療福祉大学三田病院の時村先生がJoseph Gerstmannの原著 “Fingeragnosie und isolierte Agraphie” (1927)を丁寧に解説してくださいました。Gerstmann (1887-1969)はユダヤ系オーストラリア人で、第一次世界大戦にはオーストリアーハンガリー帝国の軍人として従軍しています。その後、この戦争で縁上回に貫通銃創を受けて触覚失認を呈した症例を研究しています。おそらくこの研究が発端となって頭頂葉の症候に興味を持ち、後の「Gerstmann症候群」につながったようです。 Gerstmannは1930年からMaria-Theresien Schlossel神経研究所の所長を務めていましたが、1938年にナチがオーストリアを併合した際にアメリカに亡命し、以後はニューヨークで活動しました。今回取り上げた論文では、自験例3例と既報告1例をもとに、頭頂葉病変による手指失認と失書を新たな症候として議論しています。長大なドイツ語論文なので、今回は症例提示部分までの紹介とし、来月の抄読会で後半の考察を扱う予定です。
そして懇親会は、おなじみのキンクラさんにお邪魔しました。ベテランの神経内科医(獨協大学、国際医療福祉大学、帝京平成大学)と初期研修医が半々くらいで参加してくださり、和やかな雰囲気の中、各大学の研修事情など貴重な情報交換の場となりました。
参考文献:Joseph Gerstmann “Fingeragnosie und isolierte Agraphie” (1927)
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