第13回神経心理特別診
すっかり秋も深まりましたが、今月の神経心理特別診も多くの熱心な参加者に支えられて実施されました。二人の患者さんを診察しました。
最初の患者さんはnon-fluent variant primary progressive aphasia (nfvPPA)の男性でした。4-5年の経過で発話が困難になり、ゴルフでシャンクがでるようになったという運動症状?と思われる病歴もありました。発話は典型的な発語失行(AOS)で、自由発話では一文一文が短いのが特徴的でした。以前はできた口笛やウインクができず、咳払いがverbalizeされるなど、口部顔面失行も明らかでした。AOSと口部顔面失行はしばしば合併すると言われています。言語症状がAOSにとどまるのか、内言語にも及ぶのかが問題になりますが、その評価には書字に失語が見られるかが重要になります。この方の書字は速度が遅く、以前より拙劣なものの、失書の要素はなく、parkinsonismによる書字障害と解釈しました。構造画像では特異的変化はなく、DatScanでもSBRは正常範囲でしたが、左線条体尾部の取り込み低下が目立ち、大脳基底核を含む病態が示唆されました。
二人目は、アナフィラキシーショック後の低酸素脳症が疑われる症例でした。当初は意識障害が強かったものの、発症後1か月弱で急速に改善しています。意識は清明で傾眠もなく、先週の回診でみられた見当識障害も本日は改善していました。一方で、呼称、・読字、・書字には障害があり、複雑な口頭命令の理解も不十分でした。TMT-Jを行うと、Part Bで2分を超えましたが、2週前、1週前と比較して着実な改善が確認されました。WABの筆算課題では掛け算や割り算で困難がみられました。急性期のMRIでは島皮質周辺にわずかなDWI高信号を認め、発症後2週間のASLで左半球優位に広汎な血流低下がみられており、失語、Gerstman症候群と対応する画像所見と考えました。
抄読会では独協医大の高橋嶺馬先生がLechtheimの”On Aphasia” (Brain 1885)を取り上げて解説してくださいました。今日なお広く用いられている失語症のハウスモデルを提唱した論文で、52ページに及ぶ大著です。BrocaとWernickeによる報告後、失語症の概念そのものが論争になっていた時代に、その先を行く精密なモデルを実例に基づいて作り上げた構想力と正確な症例分析には驚嘆するほかありません。序文には、科学研究とはどうあるべきかについて熱い言葉が綴られていて、Lechtheim先生の信念と並々ならぬ執念に一同感じ入りました。そして、この重厚な論文を高橋嶺馬先生は非常にわかりやすくまとめて発表してくださいました。聴講した学生さんからもたくさんの質問が寄せられました。
抄読会の後に、国際医療福祉大学の時村遼先生が最近経験された症例を提示し、皆で議論しました。半年ほどで進行した構音障害の症例で、録音を聞いてそれが発語失行なのか球麻痺性構音障害なのか、nfvPPAなのかALSなのかなど、活発な議論が行われました。
勉強の後は恒例の懇親会です。今回は十条駅近くの町中華「香港亭」へお邪魔しました。マッチングが決まったばかりの梅本さんと池邊さんのお祝いをしました。小林絵礼奈院長にもご遠方からご参加いただき、時村・高橋、小林という旧福島勢は昔話に花を咲かせました。日本に新しい政権が発足し、トランプ来日の時期とも重なり、日本の将来に思いを馳せ、医療政策や医師の働き方について世代を超えて議論は尽きませんでした。

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