第9回神経心理特別診
6月の神経心理特別診も学内外から多くの方に参加いただきました。最初の症例はけいれん発作で入院した60台の女性。主治医はアルツハイマー病と診断していましたが、より詳細な検査を行うことになりました。MoCA-Jによるスクリーニングでは、trail-makingはルールが理解できず施行不能、透視立方体の模写も解体図のような描画になりました。時計も描けず、この時点で視空間認知・構成の障害が強いことは明らかで、進行期の認知症が疑われました。ところが、5単語の遅延再生は手がかりなしで2語想起できて、カテゴリーヒントで1語、選択肢提示で2語を想起し、最終的には全単語を回収できました。これは、記憶障害が前景に立つアルツハイマー型認知症とは大きく異なる所見です。MoCA-Jの総得点は9/30でした。東北大学高次機能障害学教室が開発したノイズパレイドリア試験を行うと正答は26/40でパレイドリア反応が13枚でみられました。ご本人は日常生活での幻視を否定していますが、この検査所見はレビー小体型認知症(DLB)を示唆するものです。別途行った神経診察では、前傾小刻み歩行がみられ、姿勢反射障害、頸部筋強剛もみられたので、やはりDLBの可能性が強いと考えられました。
2症例目は右上前頭回皮質下に出血を起こしたAVMの症例です。軽度の左片麻痺があるものの四肢の運動機能はほぼ保たれ、書字も非常に速くて正確でした。一方、発語が極めて小声で、急性期には緘黙状態だったとのことです。ささやくような無声音の会話で、発語開始困難や構音の誤りはなく、「発声失行」と考えられました。発話と書字の機能に大きな乖離があるのが印象的でした。
今回の抄読会では、獨協大学の高橋嶺馬先生がBabinskiの病態失認に関する論文” Contribution à l’Étude des Troubles Mentaux dans l’Hémiplégie organique cérébrale (Anosognosie)” Rev. Neurol 1914を解説してくれました。
Babinskiは足底反射で有名ですが、本論文では、片麻痺があるにもかかわらず、本人がそれを認識しないという「病態失認」の概念を初めて提唱しています。麻痺を深刻にとらえない2症例が簡単に記載されていて(Babinskiの論文は当時としては簡潔なものが多い印象です)、それに対する同時代の神経学者たち(Alexandre Souques, Jules-Joseph Dejerine, Pierre Marie, Gilbert Ballet, Henri Meige, Henri Claude)のコメントが併催されています。彼らは病態失認の存在自体は認めつつも、その背景機序については、考えあぐねている様子です。病態失認の機序は、今日でも定説がないので、困惑は無理もないことです。
論文紹介の後に、国際医療福祉大学の時村先生が、最近遭遇した純粋失読の症例を提示してくれました。Dejerineが最初に報告した病巣と同じ古典的な純粋失読症例です。韓国語と日本語のバイリンガルで、ハングル<仮名<漢字の順に読字が困難になるという点が興味深く、皆で議論しました。
勉強の後は、十条駅近くの町中華「香港亭」で懇親会を開催しました。常連のメンバーに加えて、足利日赤の研修医の先生、そして帝京の3年生の平山さんも新規に参加してくれました。3年生は買ったばかりの聴診器を箱ごと抱えていて、微笑ましい光景でした。将来はぜひ打腱器も使いこなしてくれることを期待しています。
参考文献

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