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第12回神経心理特別診

 今月の神経心理特別診は2名の患者さんを診察しました。
 1例目は脳深部静脈血栓症を発症した40歳代の患者さんです。入院して治療を開始してから1か月が経過しました。担当作業療法士が経時的にMoCAやTrail Making Testなどを実施していたので、今回はそれらの再検査をしました。
 急性期には透視立方体の模写が困難でしたが、本日はほぼ問題なく描けるようになっていました。その他、心理検査の経過は以下の通りです。

  
    ● MoCA-J:      入院1週 22/30 ⇒ 入院1か月 26/30
    ● S-PA無関係対語記憶: 入院2週 0-1-3 ⇒ 入院1か月 2-2-6
    ● TMT part B:     入院1週 91秒 (誤反応2) ⇒ 入院1か月 64秒(誤反応なし)
    ● PASAT2秒条件:    入院2週 31/60 ⇒ 入院1か月 50/60

 
 病巣は左大脳基底核を中心とする出血性梗塞ですが、抗凝固療法が奏功して静脈うっ血に伴う浮腫が画像上改善する経過に並行して、心理検査成績の改善が確認されました。明確な巣症状は乏しく、全般性の注意障害が改善してゆく経過がとらえられました。

 2例目はけいれん重積で入院した患者さんです。自宅で息子さんの「片足がない」「背中から髄液が出ている」といった異常言動や幻覚症状があり、けいれん重積で搬送となりました。背景には長期にわたるアルコール多飲があります。
 入院後、認知機能障害が遷延し、NCSEとアルコール関連認知機能低下の鑑別が問題になりましたが、抗てんかん薬で異常言動は軽快しました。心理検査は以下の通りです。

  
   ● MMSE: 22/30
   ● Kohs立方体検査: IQ 70
   ● Trail Making Test part A 79秒、part B 105秒
   ● BADS:総プロフィール14/24(年齢補正標準化スコア89)ですが規則変換カードでルールの保続がめだつ

  
 急性期の言動の異常はてんかん重積やアルコール離脱などの要因が考えられますが、これらは数日で消失し、入院1週以降は上記の検査の結果がほぼ一定であったことから、てんかん重積の影響より、背景にある前頭葉機能障害優位なアルコール関連認知機能低下を反映していると考えました。
 今回の2症例はいずれも、経時的評価を通じて治療効果や診断の手がかりが得られ、縦断的な心理検査の重要性を再認識する機会となりました。

 抄読会は独協大学の小林聡朗先生がWalpert(1924年)の同時失認の原著論文を解説してくれました。
WalpertはSimultagnosie(同時失認)という概念を最初に提唱し、複雑な絵の各要素は理解できるのに全体の意味が把握できない症状をこの用語で説明しました。
 以前の抄読会で取り上げたLissauerの論文で学んだ統覚型・連合型視覚失認の分類に照らせば、Walpertの症例は統覚型に相当する症候が見られています。ただし、現在「Walpert型視覚失認」と呼ばれる症候は、全体把握の障害という、より高次の視覚失認に焦点を当てている点に注意が必要です。
 その後、Luriaは「同時に複数の対象を知覚・注意できない障害」として同時失認を注意の枠組みで解釈し、さらにMishkinらによるdorsal streamとventral streamの二重経路理論が広まると、Farahは同時失認を背側型と腹側型に分類しました。このように、同時失認の概念や用語の定義は時代とともに変遷してきました。
 Walpertが報告した症例では痙攣発作の経過で同時失認が出現しましたが、剖検はなく病巣局在は不明です。書字障害や計算障害も伴っており、これらがGerstmann症候群由来なのか、それとも同時失認によって説明できるのかなど様々な疑問がわいてきます(Walpert自身は同時失認によると考察しています)。純粋にGestalt喪失的な「Walpert型」視覚失認を示す症例は非常に稀であり、その病態の存在や意義はまだまだ議論があるところだと思います。

 抄読会の後は、十条駅近くのShushudaさんで懇親会をしました。今回はいろいろな事情で参加者が少な目でしたが、独協医大の高橋嶺馬先生、1回目の卒試を終えたばかりの池邊さん、作業療法士の山口さんが参加してくれて、最近読んだ本の話題など和やかな雰囲気で盛り上がりました。このホームページに書評コーナーを新設する企画がありますが、実現したら今日話題に出た本についても寄稿していただければと思います。

  

   

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