小林教授編集の「ケースで学ぶ認知症の診かた」が出版されました
小林が足利赤十字病院神経精神科部長の船山道隆先生と一緒に編集した「ケースで学ぶ認知症の診かた」が中外医学社から出版されました。約2年をかけて準備した全500ページの認知症のケースブックで、ようやく完成に至り、編者として大きな安堵と喜びを感じています。
認知症診療に携わる医師・コメディカルをはじめ、多くの臨床家にとって参考となる内容を目指して企画編集しました。特に、以下の序文でも強調しているように、松田実先生による第一章「認知症のみかた全般について」を、是非お読みいただきたいと思います。認知症診療に限らず、神経内科医が決して忘れてはならない本質を示す名文です。
序
編者が医者になった頃、認知症は「痴呆」とよばれていました。その言葉が示すように、当時は社会の理解も浅く、学問としても、さまざまな認知領域の障害が混在するその症候からは学ぶべきものが少ないと考えられていた時代でした。治療の手段も限られ、患者さんはしばしば取り残されていたように思います。しかし、その後の認知症診療は大きく変わりました。病態理解から画像診断、バイオマーカー、治療薬の開発に至るまで、その進歩には目を見張るものがあります。本書を企画したのはちょうどレカネマブが承認される頃でした。原稿が集まり始めるころにはドナネマブも承認されました。そのため校正段階で、Aβ抗体薬に関する記載を可能な範囲でアップデートしました。医療が絶えず進歩する中で、本書の内容も時間の経過とともに古くなることは避けられないでしょう。しかし、ひとつひとつの症例の中には、時代を超えて学ぶべき本質が息づいています。その本質に向き合い続けることこそが私たちの使命だと思います。本書はそのような思いのもとに、最先端の研究成果を踏まえつつ、実際の症例を通して理解が深められることを意図して編集しました。
この序文を読んでくださっている方には、まず第1章、松田実先生による「認知症のみかた全般について」をお読みいただきたいと思います。読まなければ絶対に損です。医学がscienceであると同時にartであるように、認知症診療もまた、バイオマーカーなどの生物学的側面だけでなく、患者さん一人ひとりの人間としての側面に向き合う姿勢が求められます。認知機能が壊れゆく中で変容をきたした人間性、家族関係、社会的立場に、私たちはどのように関わることができるか。松田先生はこれを「人生行路的認知症感」と表現されています。臨床家がいかに認知症の患者と向き合うべきか、当たり前でありながら最も大切なことが、実に的確に述べられています。稀代の臨床家から次の世代へ向けた熱いメッセージとして、どうかその言葉を深く胸に刻んでいただきたいと思います。
本書の中心となるのは、症例提示に基づいて疾患を解説した第III章です。67項目をAからEの五つのカテゴリーに分類しました。分類の意図は各カテゴリーの冒頭に示しましたが、読者が本書を活用される際の道標になれば幸いです。カテゴリーA(commonな認知症のcommonな臨床型)は、日常診療で最もよく遭遇する病型であり、初学者はまずここから読むことをお勧めします。カテゴリーD(treatableな認知症)は、見落としてはいけない疾患群であり、改めて確認しておきたい領域です。カテゴリーB(commonな認知症のatypicalな臨床型)とC(rareな認知症)は頻度こそ少ないものの、専門医であれば数年に一度は遭遇する重要な病型を含みます。稀な疾患をすべて網羅したわけではありませんが、重要な疾患を紙面の許す限り収載しました。またカテゴリーE(dementia mimics)は、認知症として紹介されることがあるけれど、実際には認知症ではない疾患を取り上げました。診断力が問われるとともに、treatableなケースも多く、非常に重要なカテゴリーです。これらの分類は絶対的なものではなく、その概念は時代とともに変化していくでしょう。例えばAβ抗体薬の登場により、Alzheimer病はすでにtreatableな疾患となりつつあります。今後さらに治療が進歩し、すべての認知症がtreatableになる日が来ることを願ってやみません。その時まで私たちは科学的エビデンスに基づきながら、患者さん一人ひとりの人生行路を理解し、支えていかなければなりません。本書がその両面から読者の臨床に資することができれば、編者としてこれにまさる喜びはありません。
最後に、多忙な臨床の合間を縫って原稿をご執筆くださった先生方に心より感謝申し上げます。そして、毎月会議室を借りて、編者の原稿整理を手伝ってくださった中外医学社の鈴木真美子様の、あたたかく粘り強いご支援にこの場を借りて深く御礼申し上げます。
2025年10月
小林俊輔
船山道隆

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