第18回神経心理特別診
徐々に春の訪れを感じる今日この頃ですが、今回も多くの先生方にご参加いただき、特別診では二人の患者さんを拝見しました。
最初の症例は、3〜4年の経過で歩行障害と構音障害が進行してきた方です。現在は車いす生活となっています。診察では垂直性眼球運動障害が非常に目立ち、水平性追視も粘着性で著明な速度低下を認めました。発話は音の歪みが強く、失調性ともとれる特徴があり、典型的な発語失行(AOS)と考えられました。
一方でスクリーニングでは MMSE 25/30、FAB 13/18 と、運動症状の重さに比べると認知機能は比較的保たれている印象でした。Applause sign は陽性でしたが、東大の勝瀬先生が報告された oral applause sign は認めませんでした。Höglinger らの MDS criteria を満たし、probable PSP-RS と診断しました。
二例目も歩行障害と構音障害が緩徐に進行してきた方でした。外来主治医の先生からは「右手の失行をぜひ見てほしい」とのリクエストがありました。この方も重度の AOS を認めました。ご本人は「最初は字が書けなくなった」とおっしゃっていたため実際に書いていただくと、明らかな micrographia がみられました。失書はありませんでしたが、失算や手指呼称障害ははっきり認められました。一方、皮膚描字覚や重量覚などの皮質性感覚障害は認めませんでした。
興味深かったのはボール投げの場面です。正面に座っていた時村先生に向かって投げるよう指示すると、投げようとする動作は繰り返すものの、ボールを離すことができません。左手では数回に一度は投げられましたが、右手では最後まで投げることができませんでした。最初は時村先生に向かって投げるのを遠慮しているのかとも思いましたが、詳細な診察から、手指の本能性把握反応が非常に強く、これが原因と考えられました。さらに、ペンが手掌に触れていなくても握り込もうとしたり、対象物を追いかけるように手を伸ばす視覚性摸索(visual groping)もみられました。
WAB の失行項目を簡単に確認したところ、ほとんどの課題で両手に観念運動性失行がみられました。左手では運動保続が強いために、失行が目立って見えましたが、基本的には左右対称の典型的な観念運動性失行でした。
病歴全体からは、左前頭葉障害による nfvPPA で発症し、その後左頭頂葉病変の進展により不全型 Gerstmann 症候群が出現、さらに大脳基底核障害による右優位のパーキンソニズムが加わって歩行障害が進行し、その後症状が両側性に広がってきたものと推定されました。
Revised Cambridge Criteriaの必須項目を充足し、主要3項目
1. Asymmetric akinetic rigid syndrome
2. Limb apraxia, dyscalculia
3. Speech and language impairment
を満たすことからCorticobasal syndromeと診断しました。
今回は二例ともよく似た症候を呈していましたが、発語失行、核上性眼球運動障害、観念運動失行、本能性把握反射、視覚性摸索といった所見を実際に観察できたことは、学生の皆さんにとって症候学を学ぶ貴重な機会になったと思います。
抄読会では高橋嶺馬先生が、Singer と Low の “Acalculia (Henschen): a clinical study”(1933)を紹介してくださいました。一酸化炭素中毒後に失算を呈した症例を、非常に多彩な計算課題で詳細に検討した論文です。タキストスコープによる刺激呈示が用いられており、当時はどんな装置だったのかという話題でも議論になりました。
短時間呈示で成績が低下することや、b と d のような似た文字の読字障害などから視覚失認の関与が疑われ、また時計読取で 11 時 45 分と 12 時 15 分を誤るなど空間性の問題も示唆されました。Singer と Low は、空間性・方向性の要素や、不連続な部分から連続的な総和を構成する能力の障害が重要であると考察しています。検査結果からは、視覚失認や注意障害の要素が多い症例だったという印象を持ちました。
本抄読会ではGerstmann 1927やHenchen 1919の論文も取り上げましたが、本論文はそれをさらに広げた非常に読み応えのある論文でした。
懇親会は「ほり」さんにお邪魔しました。何度か訪れていることもあり、女将さんや若女将も私たちを覚えていてくださっていました。高橋嶺馬先生の提案で、「他人が知らなそうなジャルゴンを順番に挙げて自慢する」という少し不思議なゲームも行われました。高橋先生は” Deus ex machina”、時村先生”chinese whisper”、永井先生は“oddly satisfying”でした。 私は、“知っているとむしろ人生が楽しくなる言葉”として serendipity を紹介しました。
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